選択肢の設計において、倫理的な境界線はどこに引かれるべきでしょうか?
はじめに
あらゆるユーザーインターフェース(UI)には、心理学の影響が色濃く反映されています。
Webサイトやモバイルアプリから、最先端の拡張現実(XR)デバイスに至るまで、ユーザー体験(UX)をかたちづくるのは心理学であり、UXの実践者たちは常にそれを意識して設計を行っています。
しかし、この力は、はるか遠い銀河からやってきた“フォース”のように、善にも悪にも使うことができます。光の面には「行動ナッジ」があり、暗黒面には「ダークパターン」が潜んでいます。
少なくとも、これが簡潔でわかりやすい説明です。
実際には、境界線はもっと曖昧です。それについては後ほど詳しく説明します。まずは、ダークパターンと行動ナッジの違い、そしてなぜ一方は倫理的とされ、もう一方は不誠実と見なされるのかを見ていきましょう。
ダークパターンとは何か?
UIデザインにおける“闇の技術”の世界へようこそ。ユーザーに本来望まない選択をさせるように仕向ける手法は、少なくとも20種類以上確認されており、その内容は軽く迷惑なものから、あからさまに悪質で問題視されるものまで多岐にわたります。

ダークパターンの分類(Cara, 2019)
おそらく、あなたも次のようなダークパターンに遭遇したことがあるでしょう:
- 偽装広告:ニュース記事やレビューのように見せかけたコンテンツが、実際は製品やサービスの有料広告だった
- 偽の緊急性:人為的なタイムリミットや、実際とは異なる「在庫わずか」表示などで、早急な購入を促す
- ハード・オプトアウト(ローチモーテル):サブスクリプションの登録は簡単なのに、解約手続きは複雑でわかりにくい
- 隠れたコスト:魅力的なオファーに惹かれて申し込んだのに、思いがけない追加料金や手数料があとから加算される
- 不適切な初期設定:ユーザーにとって最善とは言えない選択肢が、推奨または初期設定として用意されている

複数のダークパターンが含まれた例(旅行保険を購入しない選択肢は「リスクを取ります」と不適切な初期設定、罪悪感をあおる表現が使われている)― IndiGo社の事例、Xで共有されたもの
これらの手法にはさまざまな呼び名がありますが、誤解しないでください。こうしたテクニックは、まさに“フォースの暗黒面”そのものです。迷惑やフラストレーション、怒りを引き起こし、ユーザーに「操作されている」と感じさせ、ときにはお金をだまし取られる一歩手前にまで追い込みます。
行動ナッジとは何か?
行動ナッジとは、ユーザーの選択に影響を与えるために使われる心理的な働きかけのことです。
ナッジという言葉には、「行動科学」や「インサイト」といった呼び方もありますが、いずれも共通して「人々の行動を変えること」が目的です。
行動を変えるための理論や手法は数多くありますが、私個人としてはMINDSPACEフレームワークを特に好んでいます。この枠組みは、人間の行動に影響を与えるための9つの要因をシンプルかつ直感的に示した、とてもわかりやすいシステムです。

The Decision Labがまとめた行動変容のフレームワーク「MINDSPACE」
以下は、MINDSPACEに含まれる各心理効果のわかりやすい概要です:
- 伝え手(Messenger):情報を「誰が」伝えるかによって、私たちの反応は大きく変わります。信頼や権威が重要な鍵を握ります。
- 動機づけ(Incentives):人は「利益を得たい」という気持ちよりも、「損失を避けたい」という感情により強く突き動かされます。
- 社会的規範(Norms):私たちは他人の行動に強く影響されます。いわゆる「みんなやっているから」に従う傾向があります。
- 初期設定(Defaults):あらかじめ設定された選択肢(おすすめの設定など)に流される傾向があります。
- 顕著性(Salience):自分の住んでいる地域に関する情報など、自分に関係ありそうなことに注意が向きます。
- 先入観の植えつけ(Priming):行動は、無意識に受け取った刺激によって左右されることがあります。
- 感情(Affect):感情的な印象によって、行動が左右されることがあります。
- 約束(Commitments):人は一度した約束や宣言に対して一貫性を保とうとします。また、誰かにしてもらったことにお返ししたくなります。
- 自我(Ego):私たちは「自分はこうありたい」という理想に近づくように行動します。
たとえば、政府のウェブサイトに「ほとんどの人がオンラインで申し込んでいます」と書かれているのは「社会的規範」のナッジです。あるいは、健康や環境に関するキャンペーンで「SNSで誓いを共有してください」と促すのは「約束」のナッジです。
有名な研究では、「もしあなたが臓器移植を必要とする立場になったら、提供を受けたいと思いますか?」というメッセージを見た人が、英国の臓器提供登録に参加する可能性が最も高かったことが示されました。このメッセージは、「自分も他人から助けてほしいから、他人も助けよう」と思わせる、互恵的な感情に訴えるものです。(自己利益が最も効果的なナッジになり得るというのは、非常に興味深い点です。)

左下に表示された「バリアント7」のメッセージ(もしあなたが臓器移植を必要とする立場になったら、提供を受けたいと思いますか?)が、臓器提供の意思登録を促すうえで最も効果的でした。
MINDSPACEの要素は、組み合わせることでより強い効果を生み出すことも可能です。たとえば、信頼されているブランド(伝え手)が、「ほとんどの人が(社会的規範)、このホテルに泊まったときに(顕著性)、環境に配慮してタオルを再利用しています(自我)」と伝えることで、複数のナッジ要素が重なり合った強力なメッセージになります。こうした組み合わせ効果は、データ分析を用いて最適化することもできます。
行動ナッジは、もともとは禁煙促進やポイ捨て防止など、政策立案者が社会行動を改善する目的で活用してきました。しかし現在では、企業もまた消費者の購買行動に影響を与えるためにナッジを利用しています。たとえば、「通常価格」を見せたあとに「割引価格」を提示することで、お得感を強調し、購買意欲を高めるといった使い方があります。
ダークパターンと行動ナッジの違いは何か?
ダークパターンと行動ナッジの根本的な仕組みは、実はそれほど大きく違いません。どちらも心理学という力を使い、私たちが無意識のうちに意思決定で使う“思考の近道”を巧みに利用して、ユーザーの行動に影響を与えています。
それなのに、なぜ行動ナッジを使う人は“善なるジェダイ”のように称えられ、ダークパターンを使う人は“狡猾なシスの暗黒卿”のように非難されるのでしょうか?結局のところ、どちらも“巧妙なマインドトリック”に見えませんか?ナッジもユーザーの自由な選択に干渉しているのに、なぜ欺瞞行為とは見なされないのでしょう?

UIデザインにおける倫理の境界線はどこにあるのか? — 画像:DALL·E作成
この違いの核心にあるのは、「意図」です。この文脈における「意図」を理解するためには、UX倫理の専門家クリス・キースが提唱した「UX倫理の3つのカテゴリー」が参考になります。
- 実存的価値観(Existential values):デザイナーとしての個人的な価値観であり、これにより有害な業界で働くことを自動的に避けることもあります。
- 悪意ある、または誤った意図(Ill or misdirected intent ):ユーザーのニーズが軽視され、ビジネス上の都合や他の目的が優先される状態。
- 善意(Benevolent intent):ユーザーのニーズと最善の利益を最優先に据えた、理想的で目指すべき設計姿勢。
ダークパターンと意図
ダークパターンとは、悪意のある、あるいは誤った意図によって設計されたデザインを指します。つまり、ユーザーのニーズや利益は優先されておらず、デザインの目的は別のもの(たいていは企業の利益)に向けられています。
ただし、消費者の選択に影響を与えること自体が、すぐにダークパターンになるわけではありません。企業が説得力を持たせながらも、使いやすく、役立ち、満足度の高い体験をユーザーに提供する。そのような倫理的なバランスを実現することは、十分に可能です。
行動ナッジと意図
一方、行動ナッジは一般的に、善意に基づく意図から設計されています。これは「父権的リバタリアニズム(paternal libertarianism)」という哲学に基づいています。つまり、「ユーザーには常に自分の望む選択をする自由があるべきだが、デザイナーはユーザー本人や社会全体にとって最善の選択肢へと導く努力をすべきだ」という考え方です。たとえば、私たちをより健康に、より安全に、そしてより環境に配慮した行動へと促すようなナッジがこれに該当します。
もちろん、臓器提供のような公共医療の取り組みと比べて、企業の動機が「純粋な善意」とは言えないのは明らかです。それでも、ユーザー体験(UX)を丁寧に設計した適切なeコマースサイトやアプリであれば、その設計はダークパターンではなく、行動ナッジに含まれます。
つまり、簡単に言えば、ダークパターンと行動ナッジの倫理的な境界線は次のように考えられます。
不快なグレーゾーン
スター・ウォーズの魅力のひとつは、「善」と「悪」が明確に描かれていることです。白か黒か、というシンプルな道徳観は、安心感を与えてくれます。しかし残念ながら、現実の世界はそこまで単純ではありません。ユーザー体験(UX)の銀河には、悪の帝国や善意のUX魔法使いだけでは語れない、もっと複雑な事情が広がっています。
たとえば、SNSのアカウント削除が極端にわかりづらい場合、それは「ハード・オプトアウト型のダークパターン」でしょうか?それとも、何年にもわたって積み重ねてきた写真、動画、人間関係、思い出などの損失を防ごうとする行動ナッジ(動機づけ)なのでしょうか?
また、チャリティ団体が寄付ページで金額や頻度をあらかじめ選択済みにしているとしたら、それは「親切な初期設定によるナッジ」なのか、あるいは「ユーザーの意図を無視した不適切な初期設定(ダークパターン)」なのでしょうか?感情を強く揺さぶる画像を使って寄付を促すのは、「感情へのポジティブな働きかけ(ナッジ)」なのか、それとも「罪悪感を煽る操作的な手法(ダークパターン)」なのでしょうか?

Oxfamがあらかじめ設定している「毎月£10の寄付」は、良いナッジなのか?それともダークパターンなのか?
多くの場合、デザインの背後にある意図は明確に読み取れません。そのため、UXにおいて「説得」と「操作」の境界線はしばしば曖昧になりがちです。企業が「一番人気」(ただし有料)のプランを目立つように表示している場合、それはユーザーに親切な提案なのでしょうか? それとも、利己的な誘導なのでしょうか?ナッジなのか、ダークパターンなのか—その解釈は、受け手に委ねられます。
もうひとつ、考慮すべき点があります。企業の中には、いかにも「善意」に見える行動変容を打ち出しておきながら、実際には自社の利益を守るために行っている場合もあるということです。たとえば、ギャンブル業界が掲げた「楽しめなくなったら、やめましょう(When the fun stops, stop)」というキャンペーンは、実際には大きな効果を上げなかったものの、依存症によって利益を得ている業界のイメージ改善にはつながったかもしれません。このような「社会的に良いことをしているように見せかけたナッジ」と、倫理的に問題のある実態とのギャップを、私たちはどう扱えばよいのでしょうか?
最後に忘れてはならないのは、ダークパターンを使っているデザイナーたちが、必ずしも「喜々としてWeb上に欺瞞のデス・スターを展開している」わけではないということです。多くのデザイナーは善意を持って設計に取り組んでいますが、商業的なプレッシャーの中で倫理的な判断力が制限され、結果としてユーザーを操作する設計を選ばざるを得ない状況に追い込まれているのです。現実の人間は欠点があり、道徳の物語の完璧なヒーローでも冷酷な悪役でもありません。
中立という幻想
こんなふうに思った方もいるかもしれません。「結局、一番倫理的なのは、人々の選択に一切影響を与えないことなのでは?」
では、こんな例を考えてみましょう。もし社員食堂のレイアウトを設計するとしたら、一番健康的で環境にやさしい食べ物を最初に並べて、利用者がより良い食事を選びやすくする(ナッジ)か、最後に置くか、別の順番にするか…どの選択肢も、能動的な決断であり、「デフォルト」と呼ばれる配置も含めて同じです。つまり、デザイナーとしては、倫理的に中立な選択肢は存在しません。どんな決定をしても、必ず誰かに影響を与えることになるのです。

あなたの社員食堂のレイアウトは、どのように設計していますか? 写真: Lexie Barnhorn
さらに覚えておきたいのは、人間は基本的に“面倒くさがり”だということです。もし、あらゆるナッジを避けたとしたら、ユーザーはすべての些細な決定に、貴重な時間とエネルギーを使うことになります。これは、むしろユーザーにとって不親切です。多くの場合、私たちはすべての選択肢を自分で判断したいとは思っていません。実際、判断の一部を誰かに「任せたい」と思うことさえあります。
たとえば、私が新しいソフトウェアをダウンロードしたとき、最初の設定をどうするかをいちいち考えるのは面倒です。だからこそ、開発者が「これをおすすめ設定にしておきました」と教えてくれる方がありがたいのです。あとで自由に変更できるのであれば、それで十分です。
もちろん、選挙の投票用紙のように、できる限り影響を与えないよう設計すべき場面も存在します。しかし重要なのは、多くの状況において、デザイナーが完全に中立でいることは不可能なだけでなく、実際にはそれが正しい選択ではない場合もあるということです。実際のところ、私たちは影響を受けることに喜びを感じ、「ナッジされている」とわかっていても、ナッジの効果を受け入れてしまうことも少なくありません。
まとめ
- ダークパターンは、悪意ある意図でユーザーを操作し、他者に利益がある選択へと巧妙に誘導します。
- 行動ナッジは、「父権的リバタリアニズム」の考え方に基づき、ユーザーの自律性を尊重しながら、本人および社会全体にとってより良い選択へ導くために設計されています。
- ダークパターンもナッジも、心理学の力を使って行動に影響を与える点では共通しています。しかし決定的な違いは「意図」にあります。ダークパターンは悪意ある、または誤った意図に基づき、ナッジは善意に基づきユーザーの利益を優先しています。
- UXにおいて倫理的な実践者であるためには、優れた実存的価値観(existential values)を土台に持つことが重要です。(デス・スターではなく、あなたの設計を導く“北極星”を持ちましょう。)
- 「ナッジ」か「ダークパターン」かの判断には主観が入ることも多く、白黒つけにくいグレーゾーンがあることを認識することが重要です。
- 覚えておいてほしいのは、完全に中立な選択肢はほとんど存在しないということです。すべてのデザインの決定は、ユーザーの利益に沿うか、あるいは逆らうか、どちらかを積極的に選ぶ行為なのです。
参考文献
Brignull, H. (2023) 『Deceptive patterns: exposing the tricks tech companies use to control you』第1版、Eastbourne: Testimonium Ltd.
Cara, C. (2019) 「Dark patterns in the media: a systematic review」、『Network Intelligence Studies』第7巻第14号、105-113頁。URL: https://www.researchgate.net/publication/341105338_dark_patterns_in_the_media_a_systematic_review (2024年4月2日アクセス)
Chamorro, L. S., Bongard-Blanchy, K., Koenig, V. (2023) 「Ethical tensions in UX design practice: exploring the fine line between persuasion and manipulation in online interfaces」、『DIS ’23: Proceedings of the 2023 ACM Designing Interactive Systems Conference』、2408-2422頁。 DOI: https://doi.org/10.1145/3563657.3596013
Monteiro, M. (2017) 「A designer’s code of ethics」 URL: https://deardesignstudent.com/a-designers-code-of-ethics-f4a88aca9e95 (2024年4月2日アクセス)
Sapio, D. (2020) 「10 principles for ethical UX designs」 URL: https://uxdesign.cc/10-principles-for-ethical-ux-designs-21faf5ab243d (2024年4月2日アクセス)
Singer, P. (2024) 「Ethics: origins, history, theories, & applications」 URL: https://www.britannica.com/topic/ethics-philosophy (2024年4月2日アクセス)
Suresh, I. (2024) 「Ethical considerations in UX design」 URL: https://bootcamp.uxdesign.cc/ethical-considerations-in-ux-design-10ef2d089e85 (2024年4月2日アクセス)
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